疋田(ひった)と鹿の子の違い
鹿の子絞り、って言葉をお聞きになったことがあると思います。
鹿の子絞りとはこんな柄。
よく見たことがある文様だと思います。
大辞林第3版によると、鹿の子絞りとは、
布を小さくつまんでくくった絞り染め。白い小さな丸が表されたもの。
とあります。
目結(めゆい)、纐纈(こうけち)とも呼ばれ、模様が小鹿の背のまだらに似ていることからその名がついたと言われています。私も制作工程を拝見したことがありますが、布を細かく糸で縛って染め上げることで、染めた地に白い細かいしぼがうまれ、総絞りともなると大変豪華なものとして振袖などに用いられています。
一方で、こうした絞り柄のことを疋田(ひった)と言う方もいらっしゃるでしょう。
以前から、この二つの言い方に厳密な違いがあるのかなぁ、と疑問に思っていました。「鹿の子絞りの別名が疋田」と解釈されているのが一般的なようですが、よくよく調べてみますと、疋田というのは、こうした文様のことを示す言葉ではあるのですが、本来は加工方法を指し、絞り、手描、型を特定しない、いわば総称なのですね。
衿合わせの中央に白いつぶつぶした模様がありますよね。
これは、厳密には最初に鹿の子絞りで紹介した写真の文様とは異なります。染めてあるだけで絞りではないのですね。見て触ればわかります。
なので、私はこのブログ内では鹿の子ではなく、「疋田も入った豪華な小紋」と描写しています。
幸田文の「きもの」という自伝的小説に登場する主人公るつ子が、
関東大震災直後の困窮した折に嫁入りする場面があるのですが、こうした行があります。
角かくしを取り去って、赤い疋田の色直しに着換えたるつ子は、引立ってみえた。疋田を選んだのは、そのの意見である。疋田は絞りではなく、染めなのであった。染めはずっと安い。絞りに及ばないことは遠いが、会場ばえもするし、かわいい。それにるつ子は父の負担を気にして、安価に安価にという注文をつけたからである。手絞りに摺り箔を置き刺繍を入れたのも疋田、ただの染めへ、裾に青竹の切り嵌めを貼ったのも疋田。
ここでも、疋田と言えど、絞りと染めがあるのだ、ということがわかりますよね。
総称ではあるけれど、鹿の子絞りの別名とするには、少し違和感があると思います。
きもの用語ってなかなか難しいです。
ところで、幸田文のこの小説、きものの知識がないと全く読み進めて行くのが苦痛なだけの少々しんどい内容ですが、時代時代にきものが人々にとってどんな存在なのかがよくわかる一冊として、きもの好きな方にはおすすめの小説です。
あこや
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