沖縄への旅☆琉球の織物を訪ねて☆染織家 上原美智子先生~その⑧~ Discover the okinawa weaving

【アイコニックな立涌柄】
上原先生の織り出す柄で代表的ともいえるのが、この立涌柄。

立涌柄を織り出すためには、それ専用の筬(おさ)が必要なのですが、沖縄にはこの立涌柄というのは、もともとない柄だったそう。あるとき京都の問屋さんで立涌柄をご覧になった先生は、古典柄である立涌に新たな魅力を感じ、それ以来、筬を持ち込んで、織り続けいらっしゃるとか。

このショールもブラウン系の色の組み合わせが美しいです。光沢と透けるような薄さ。

ショール越しの上原先生❤️

先生の織られるあけずは織がどれだけ薄いのか、こうするとすごくよくわかりますよね。

先生とお話をしていて感じたのは、先生自身のすごく大きな視点。肩書きは染織家とおっしゃる先生ですが、その眼差しや態度は、まさに世界を舞台にしているアーティスト。先生は、ニューヨークの近代美術館や、パリ、ロンドンでの個展も経験されているほど。このあけずば織は、先生をそういった世界へと誘うキーとなった作品ではなかったのでしょうか。

先生は決してご自分を「クリエーター」や「アーティスト」とは思われていないと言います。創作でもない、と。工夫をしているだけなんだとおっしゃいます。人が生活をする上で、様々な工夫をしているように、織物を工夫して突き進んだら、あけずば織にたどり着いた、ただそれだけなんだと。自然の流れに任せて、無理をしない、というのが先生のモットーだそうです!!

様々なお話を伺う中、先生と不思議なご縁を感じる出来事が。

私は、大学在学中に、ロンドン大学のゴールドスミスカレッジというアート系が割と強い大学へ留学をしていました。当時、ロンドンのはずれに友人とアパートをシェアして暮らしていたのですが、そのルームメートはロンドンの南にあるサリーインスティテュートという大学に通う美学生でした。

実は、上原先生も、作家活動をされだいぶ経った頃に、このサリーインスティテュートにアーティストインレジデンス(アーティストが一定期間その場所に滞在して作品を作るという制度)で留学をしていたということがわかりびっくり!しかも、当時、我が家にもよく遊びに来ていたサリーの学生たちは、日本からの留学生もいて、その多くが沖縄出身のテキスタイル専攻の方だったことを先生とお話ししている中で思い出しました。

サリーは沖縄芸術大学と提携しており、交換留学生が多かったんですね。なんと、当時の私の知るサリーの学生に先生との共通の知り合いが数名いたことがわかり驚き!!

留学から20年近くたって、この沖縄の地で当時のことを語り、彼らの近況を上原先生から聞くことになるとは!ご縁てこういうことを言うのかな、、、と感激、感動でした。。。!

さて、先生へのインタビューも佳境。アトリエを拝見させて頂くことになりました。



こちらが、敷地内にある先生の工房。
美しい佇まいです。

この屋根瓦。沖縄ならではの瓦で、琉球王国から続く伝統的な瓦なんですよ。最近では本当に珍しくなってしまったそうです。特徴としては、雄瓦(中央の丸い方)と雌瓦(弧を描いている瓦)と呼ばれるものを組み合わせているところで、間は漆喰で塗り固めていきます。灼熱の太陽が照りつける沖縄に、この赤瓦はとても美しく映え景色を作っていきます。

さて、工房にお邪魔すると、機が何台か置かれていました。

見せて頂いた機は、上原先生のお嬢様で、染織家の屋宜奈緒さんが織られていた機。ちょうど立涌の夏帯が織られている最中でした。お嬢様が自然と染織家の道を選ばれ、母娘で仕事が出来ることもとっても素敵ですね。

奈緒さん自ら、機について色々ご説明くださいました。

この黄色、きっと夏の太陽の下で締めたら素敵だろうな〜〜!

織った直後は、全体的に波を打ったように帯地がゆらゆらと縮んでいるように見えますが、これは仕上げの加工をするとぴしっと美しく平らになっていくのだそうです。

美しいですね。

奈緒さんは、着尺を得意とされているそうで、また、拝見する機会に恵まれると良いな〜♪
あっという間の上原美智子先生との時間が過ぎ、気がつけば夕方も良い時間になっていました。

今年、12月には、広島の現代美術館でグループ展があるそうです。楽しみですね。またブログのイベント情報でもお知らせしたいな、と思います。

上原先生、本当にお忙しい中、私のためにお時間を作って下さり、ありがとうございました!素晴らしい空間に滞在させて頂き、至極の時間でした。

つづく。

 

あこや

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