桝屋髙尾 ねん金 の話

先日、西陣の織物メーカー 桝屋髙尾さんによる“ねん金”のお話をお聞きする機会がありました。初めて知る事も多く面白かったので、少しご紹介したいと思います。

レクチャーして下さったのは、桝屋髙尾さんの長田さん。

今、手にお持ちなのが“ねん金”のショール。軽やかで美しい金の羽衣のようですね。写真手前の置き看板の文字に注目して下さい。糸へんに念じるという漢字をつかって“ねん金”。この漢字は中国漢字だそうで日本のパソコンでは出てこないのです。つまり、この“ねん金”も中国がルーツという事になりますね。

桝屋髙尾さんは、もともと西陣の織りメーカーで創業90年。現在の社長である吉田朱子さんで4代目。父にあたる髙尾弘さん(現会長)は幼い時にお父さまを亡くされ、現在の桝屋髙尾は、ほぼこの弘さんによって礎が築かれたと言っても過言ではないそうです。

長年、しゃれものの高級品を制作していた会社で、草木染めの染料(蘇芳や刈安等)を台湾に求め、機を持ち込み現地で生産。当時の弘社長は月に1回、台湾に図案を持って配色指導にあたっていたそう。織り上がったものは月に1度、どさっと京都に届くのですが、それも全て行き先(販売先)が決まっているというような時代で、とにかく作れば売れた、そういう時代が長くあったようです。昭和のいい時代の話ですね。

では、なぜ、この“ねん金”が桝屋髙尾さんの代名詞のようになっていったのでしょうか。

この雅な打ち掛けは、桝屋髙尾さんがねん金糸で制作された見事なもの。とっても美しいですね。

近くで見るとこの様な。ねん金は、糸に秘密があります。

昭和53年、名古屋にある徳川美術館から江戸時代に制作された、ねん金袱紗の復元の依頼が当時の弘社長の元に入ります。弘社長は、「時代に耐える美を作り出す」という事をモットーに、正倉院宝物などの日本古来からの宝物の様な「本物を作りたい」と宝物研究など研鑽を積む中、美術館や博物館関係者との縁もあって、桝屋髙尾さんに白羽の矢が立ったという事です。

こちらが当時復元した際に、手元に資料として残された1枚。

復元を依頼された袱紗は、元はタテ1m×ヨコ2mの金御座で徳川家康の所持品だったものです。家康が崩御した際、形見として尾張の徳川家にやって来たもので、茶人であった12代斉荘(なりたか)が袱紗にしていたものだそう。

復元を依頼された当時、大変に劣化が激しく、全くノウハウがなかった中で、経糸がなんらかの植物性の糸が使われている事、緯糸に節がある事から、使うべく糸を検討していきます。

見せて頂いた復元時に制作した資料用の袱紗。ルーペで組織を拡大してみると、、、

経糸が植物繊維なのがよくわかりますよね。
弘社長は、この経糸には、芭蕉布の糸しかない!と、当時交流のあった喜如嘉の平良敏子先生に依頼し、芭蕉の糸を分けて頂いたのだそうです!3月に平良先生にお会いしたばかりだったから、なんだか鳥肌立ってしまいました!笑

手前が芭蕉布の糸

そして問題の金糸の緯糸。
あらゆる糸屋さんに相談したものの、当時の糸と同じようなものはなく、糸から制作する事にします。金糸は金糸でも、節のある糸で金糸である、ということがポイントだったので、弘社長は真綿を選びます。結城紬などで使用する真綿の糸です。真綿を引いて金の箔を巻き付ける、そんな事が出来る機械も当時はなかったため、昔ながらの駒撚りが出来る人を探し出して箔をまいてもらったのだそうです!

こちらが駒撚りしている風景!!

上記の写真で左手に持っているのが真綿を引いた糸ですね。それに箔をクルクルと巻き付けているところです。

桝屋髙尾さんでは、これを機に5年後にはこの金泊を巻き付ける駒撚り作業を機械化。低速でゆっくりと糸に箔をまいて行く事に成功し、ねん金糸がたくさん作れる様になりました。

これがねん金糸。よくよく見ると、真綿が金箔の間から見えていますね。この他に、真綿に色を染めてから箔を巻いて制作する色ねん金糸というものもあります。それがこちら。

こうした糸のバリエーションから、ねん金の帯やきものは様々なものが制作出来る様になって行きます。きものだけではなく、この技術で生まれたテキスタイルを知ったファッションデザイナーの植田いつ子さんは、美智子様のために、ドレスをデザインしています。

こちらは、97年にブラジルへ旅された時のお召し物。桝屋髙尾のねん金で制作した美しい茶系のお洋服です。

こちらはオランダ訪問の際のパーティでお召しになった一枚。

美智子さまは、日本の技術で績まれた美しい絹織物などを愛し、時にはきものとして、時にはドレスとしてお召しになり海外へ日本の美を紹介して下さっています。そのお心が美しく感動してしまいます。

目の前に、ばーっとねん金のテキスタイルが広げられ実際に近くで拝見しますと、非常に美しい布である事が分かります。

真綿で引いた糸特有の節が、金箔と相まって良い表情を作り出しているのでしょう。このねん金で制作した帯は、おしゃれ着として、また、柄や色によっては礼装に使えるとあって人気です。

今まであまり知らなかったねん金の世界、非常に勉強になりました!


あこや

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