染織文化講座「芹沢銈介のいろは―金子量重コレクション」展へ〜その①〜 Keisuke Serizawa from Kazushige Kaneko collection

大雨の平日。
久しぶりの染織文化講座で、国立近代美術館工芸館で開催している「芹沢銈介のいろは―金子量重コレクション」へ行ってきました。

私、その昔は、「民藝」周辺にどうも興味が持てず、食わず嫌いなところがありました。ま、若かったからですかね。最近、ようやく、少しずつ興味と言いますか、良さ、と言いますかに、頭の理解でなく、自分自身の感覚的なところから「あ、素敵かも」っと思えるようになってきていたところでした。

今日はなんと休館日にも関わらず、我々だけのために開館してくださるとのこと。なんと贅沢なんでしょうか。

こちらが工芸館。私、はじめて伺いました。素敵な建築です。

工芸館の建物は、ホームページによりますと、旧近衛師団司令部庁舎を保存活用したもので、この建物は、明治43(1910)年、近衛師団司令部庁舎として建築されました。2階建煉瓦造で、正面中央の玄関部に小さな八角形の塔屋をのせ、両翼部に張り出しがある簡素なゴシック様式の建物です。

丸の内や霞ヶ関の明治洋風煉瓦造の建物が急速に消滅していくなかで、官庁建築の旧規をよく残しており、日本人技術者が設計した現存する数少ない遺構として重要な文化財だそうです。
さて、そんな中、国立近代美術館の研究員である今井陽子さんの特別レクチャーがスタートしました。

まずは、人間国宝シリーズのDVDでお勉強です。

◆文化庁制作 伝統工芸の名匠DVDを鑑賞「芹沢銈介の美の世界」

この手のビデオって全部同じ雰囲気で、妙な音響とBGMが横溝正史映画みたいなんですよね。笑 なんでなのかな。

芹沢銈介は明治28年に静岡に生まれ、呉服の卸をしてた裕福な家庭に生まれる。幼いころから絵が好きで、中学3年の時、文芸雑誌「白樺」に掲載されていた、岸田劉生、バーナード・リーチ、柳宗悦に惹かれていく。

実家の家業が倒産後、親戚の家を頼って東京の東京高等工業(現在の東京工業大学)の図案科へ入学。22歳で結婚した芹沢は、結婚直後から、絵馬や陶芸の収集に精を出す。
そんな中、人間の美を提唱していた柳宗悦著「工藝の道」に感銘をうけ、それをきっかけに、芹沢は柳を師として仰ぐこととなる。柳、37歳。芹沢30歳。

芹沢の才能を見抜くように、経験のない芹沢に対して、柳は自身の雑誌「工芸」の装丁を発注。芹沢は布で装丁を制作する。

かっこいいですね〜。

芹沢と言えば、忘れてはならないのが沖縄との関わり。

昭和14年に、初めて沖縄を訪問した芹沢。沖縄の紅型に魅了されます。当時は、まだ、本物の紅型を染める技術が残っていた頃。さぞや感動したに違いありません。

1976年、芹沢は、Parisでの大回顧展を成功させます。Parisのグランパレで行われた「SERIZAWA展」。その数年後の1984年に死去。享年88歳でした。

次に、今井陽子さんの特別レクチャーメモへとつづきます。

I went to the National Museum of Modern Art to see “Keisuke Serizawa Collection”.  I don’t have much ideas about him and his works but they were absolutely awesome!

 

あこや

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